夏目漱石は「すみれ程の小さき人に生まれた志」と明治30年正岡子規に宛てた手紙に書いた。重松清の「カシオペアの丘で」の中で祖父が主人公に向かって「おう、そこにおったんか」と言う場面が何度か出てくる。この祖父は炭鉱の坑道内で爆発があり坑内に何十人も残されているにもかかわらず、最終的に坑内に注水を決断したという人である。その結果何十人もの人が死んだ。主人公の友人の父親も死んだ。人殺しと言われ、非難轟轟だった。そんなむごい経験をした祖父も年をとり認知症になっている。この本の主人公は癌を宣告され余命数ヶ月である。故郷の北海道へ帰り、昔仲の良かった仲間たちに会う。会って密かに別れをするという話である。祖父がふと我に帰り、主人公である孫に向かって「おう、そこにおったんか」というとき、祖父は孫に「おまえは、普通に生きたらええんやで」と言っているように思える。
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