高さ30mも有ろうかという大樹が倒れる音を表現するのは難しい。倒れた切り株からは樹液のいい匂いがした。切り株に顔を近付け舐めたこともあった。味はもう覚えていない。クヌギの大木を切り倒したとき、「やったー」という勝利感が確かに一瞬あったが、不思議な寂寥感も感じた。その寂寥感の正体は解らず、何本も何本も樫や楢や雑木を切り続けた。倒した木はある一定の長さに裁断し、山の斜面を使って炭焼き小屋の横の広場まで落とす。弟と二人で木に跨って滑って降りた。登ってはまた滑って降りを繰り返して遊んだ。クヌギの木肌の荒っぽさが手に掴みやすく、滑るには丁度良かったのだと思う。今から思えば危ないことであったが。
我が家の西に楢の並木が風に揺れている。7月終わりになると春とは違う若葉が出る。今ある枝葉の先に更なる感じで咲くように伸びる。林では朝早くから鶯が鳴き、クマゼミや油蝉がにぎやかに鳴き始める。ホトトギスもいる。夕方にはヒグラシが鳴き、夜はふくろうが音もなく飛ぶ。夏の風に揺れているクヌギ林を見ていると、ふと昔感じた寂寥感を思い出した。
|